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ずいぶん昔、好きだった人のこと。

2008年11月09日 | 日々嘉綴 随筆 | del.icio.usに追加 | はてなブックマークに追加 | livedoorクリップに追加

お酒をのんでいるわけでもないけど、ずいぶん昔、好きだった人のことを書こう。

彼女とは僕が学生の時に関わっていた劇団で知り合った。彼女は縦に長い感じの人で、みんなから「シカ」だの「エダ」だの呼ばれていたけれど、とりわけひ弱という印象はなかった。細くて長い体に細くて丈夫な骨が通ってる、そんなことを感じさせる体型だった。体型だけでなく性格もそんなふうで、繊細な中にも妙に芯の通ったところがあった。

劇団の練習の合間や帰り道に話をするうち、僕はまもなく彼女のことを好きになった。いかんせん“ふぞろい”な年頃のこと、今思い返してみると実際どこを好きになったのかよくわからない。きっと10代最後の魔法にかかって、岡村ちゃんよろしく「女の子は何でも知ってる」とでも思ったのだろう。そしていつの間にか微妙な関係になり、勢いあまって告白をしたら、その日からもっと微妙な関係になった。僕は彼女の繊細さと見え隠れする芯に惹かれ、思いっきり振り回された。彼女のちょっとした一言で気持ちがグラグラになって、共通の友人に毎晩電話して悩みともグチともわからない話をしたりもした。その時よく流れていたのが小沢健二「LIFE」。結局2人の関係は「2人の関係」と呼べるほど進展せずにいつのまにか終わった。

ふてくされてばかりの10代をすぎて、分別もついて歳をとり、まぁ僕は僕なりにすったもんだあったわけだけど、20代の半ばころには彼女との関係は普通の友人に戻っていた。友人といっても、年に数回電話をして、数年に1回お茶を飲むくらいの関係だ。きっと大した話をしたわけでもない、ごくふつうのたまにあう友人の会話だった。彼女が恋人と別れたとき、あてもなく男を紹介するなんて話もした。だから、しばらくたって人づてに彼女が鬱病やパニック障害を患って入院したと聞いた時には、正直驚いた。少なくとも僕が知っている彼女はそういうタイプではなかった。

CAP HOUSEの近くの病院に見舞いにいったとき、彼女はすっかり別人にようだった。昔あった芯はまるで感じられなかった。エダはエダでも、枯れた木みたいだった。気のきいた言葉も思いつかず、「調子どう?」と聞いたら、力なく笑いながら「死にたいわ」と言った。1時間ほど話をして、土産にもっていったCKBのCDを渡して帰った。本当はフィッシュマンズも持っていっていたのだけれど、さすがにそれは渡せなかった。

彼女が退院して、ほとんど会うことはなくなったけれど、それでもたまに電話やメールで連絡をとった。調子はずいぶん良くなってきたようで、仕事にも復帰し、数ヶ月前には子どもが生まれたと連絡をもらった。このままうまくやってくれるよう願っていたし、彼女ならそうできると信じていた。

そんでもってつい数時間前、共通の友人から彼女の訃報を聞いた。今日の午後1時から葬式だそうだ。あいにく今晩は208に泊まりで、喪服どころかまともなスーツの一着もない。それでも明日はお別れに行こうと思う。そしてかつてさんざん振り回された腹いせに文句のひとつでも言ってやりたい。ふざけるな、死んでしまったら楽しいことも悲しいこともなくなってしまうじゃないか。

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